徒然日記 〜日々出会う本や映画〜

ジョージアから帰ってきた妹の話

こんばんは。上杉惠理子です。

今夜3月5日は、八王子の実家に来ております。

私の4つ下の妹が、昨年夏から青年海外協力隊で東欧のジョージア(ロシア語読みで、日本では以前グルジアと呼ばれていました)に赴任しているのですが、今休暇で帰国しているんです。

9日に日本からジョージアに戻る予定ですが今、中東情勢が厳しいのでドバイやドーハなどの空港が動かない中、この後どうやってジョージアに帰ろうか… 日々情報を集めて判断しているとのこと。

世界情勢への感度が高まるね、みたいな話をしました。

お土産の伝統的な染め技術のブロックプリントの布、ビールにワイン、そして彼女が勉強しているジョージアの言葉のテキストを見せてくれました。

スタンプみたいなブロックプリントが、ジョージアの染織文化のひとつだそうです。柄を彫ったスタンプみたいなものを押して柄を出すのだそう。かわいい^^ 半幅帯にしたい^^

キリスト正教の文化だけど?だからこそ?持って帰ってくれたビールやワインも美味しい。ほんっと美味しかった!

妹ちゃんの協力隊での仕事は、障がいを持つ人たちの支援事業のサポートだそうです。話を聞いていると、ちゃんと住んでいるんだなぁと話の端々から感じます。

その中でリアルに語ってくれたのが言語。

ジョージアの言葉は、独自の文字がある独自の言語。

↑妹ちゃんが勉強しているジョージア語のテキスト。英語のアルファベットのように、33文字を使って表現する言語だそう。

ですが、1921年(1922年説もあります)から1991年までソビエト連邦だったので、当時はロシア語が公用語でした。

ジョージアがソビエト連邦だったた70年。その間は、ジョージアの言葉を使い学ぶことはかなり規制があったそう。

なので、うちの妹が出会うシニアの方は、ロシア語が母語で、英語はもちろん、ジョージア語もあまりわからない方が多いのだとか。

舞台芸術も盛んでレベルも高いそうですが、年末に「くるみ割人形」を見に行ったら舞台の上に、翻訳ジョージア語と英語の字幕は出た。でもロシア語は出ない。同じ国で暮らしながら、母語が違うんだ。。

「70年、ジョージアの言葉が消えず残っていたことがすごいね」

「言葉を残す思いがあったからこそ、ソ連から独立したと言えるのかもね」

など妹ちゃんと話をしました。文化を支えるのは何なのか。いろいろ想いを巡らす今日この頃です。

うちの妹ちゃんが無事にジョージアに戻って、任期を無事に終えられますよう。祈るしかないなぁと思っております。

上杉惠理子